Dribbbleのプレイヤーになったぞ!

ちょっと前に古い実績(申し訳ない!)をいくつかアップロードしてDribbbleのドラフトにかけたら、親切な紳士か淑女がプレイヤーに招待してくれたぞ。うぇーい!

 

dribbble.com

 

今ってDribbbleのプレイヤーになるハードル下がってるのかな。ラッキー以外の何ものでもない気がするが、せっかくなのでいろいろなshotをキメていきたい。

Photoshopで作成したpsdファイルをIllustratorのaiファイルに配置するとクリッピングパスが外れる問題

事象報告。Adobeにも連絡済み。

Photoshop CC 2018で作成したpsdファイルをIllustrator CC 2018で作成したaiファイルに配置したらクリッピングパスが外れた。後述するがCC 2018以前のバージョンでも発生する模様。今まで大丈夫だったpsd & ai ファイルでいきなりそうなったので焦ったが、直前に行った操作というのが「Macのシステム言語を日本語から英語に変更」というものだったので、もういちど日本語に戻したらとりあえず事象は解消(もちろん言語変更ごときでクリッピングパスが外れないのが本来だと思うので根本的な解決ではない)。

ちなみにその前にもうひとつ試したことがあり、それでも事象解消した。つまり「Photoshopクリッピングパス名を英文にしてから一度クリッピングパスを外し、再度クリッピングパスを設定して保存する」という方法で、もちろん大量のpsd、過去のpsd、他人から受け取ったpsdにまでいちいちこの操作を行うのは現実的じゃないので緊急時の間に合わせ程度にしか使えない。こちらの方法はネット上の情報(https://forums.adobe.com/thread/2251424)を参考にした。どうやら以前のバージョンから存在していた問題の模様で、やはりシステム言語に対する言及もある。

もうひとつ、言語が問題ならばということで「じゃあシステム言語に合わせてイラレとフォトショも英語版にしちゃえば解決じゃね?」と考え果敢に実行してみたところ、ダメだった。とにかくクリッピングパス名が日本語だとダメそうということで、Photoshopクリッピングパス名を英文にするか、システム言語を日本語に戻すしかない。逆にシステム言語が日本語でありさえすれば、アプリケーション自体が英語版でも事象発生しない(まじかー)。

まとめ。

発生条件をまとめるとこう。
Macのシステム言語が英語のとき、フォトショCC 2018で作成した日本語のクリッピングパス名はイラレCC 2018上では無効」
バージョンはCC 2018以前でも発生(CC以降?)。Windowsならどうか、他の言語ならどうか等はもちろん不明だが、なんとなく英文クリッピングパス以外全部アウトっぽい気もする。

事後対処は2つあってこう。
Macのシステム言語を日本語にする」
クリッピングパス名を英文にしてクリッピングパスいったん解除してまた設定して保存し直す」
うーん辛い。

事前対処も一応ある。
クリッピングパス名は常に英文にする」
もちろん既存psdに対する対処にはならないし、あと日本語版フォトショはデフォルトのパス名が「パス 1」とかなのでいちいち直すのも辛い。

日本のユーザが海外ユーザにファイル渡す場合は普通に発生しうるケースですし、Adobeさんなる早でお願いしますー。

IIJmioのファミリーシェアプランがファミリーでシェアできない件

俺と嫁は今まで各自の名義でソフトバンクを契約していた。この度、IIJmioの「ファミリーシェアプラン」なるプランに乗り換えることにしたのだが、とんだ落とし穴にハマってしまった。目論見では現状ソフトバンクで俺1〜2万、嫁7,000円の月額合計1.7万〜2.7万ほどの通信費が、IIJmioファミリーシェアプランにすると基本料2,560円、音声SIM*2=1,400円、通話料1,000円〜4,000円で月額合計は5,000円〜8,000円となり、なんと毎月1〜2万も節約できるはずであった。でさっそく俺と嫁がそれぞれMNPしてファミリーシェアプランにしようとしたところ、名義が同じじゃないとダメと言われてできなかった。つまり俺も嫁も各自の名義でMNPした結果IIJmioでも各自の名義で契約ということになっており、それがダメだという話らしい。じゃあどちらかが名義変更すればいいだけだしいいよ別にと思ってたら、なんとIIJmioではそもそも名義変更ができないのだそうだ。なんだそりゃ。ということは(今となっては時既に遅しだが)MNPするときに各自の名義でIIJmioと契約するのではなく、どちらかの名義で契約すればよかったということなのかというと答えはNOで、実はこれも「転出元と転出先の名義は同じでなければならない」というMNP一般の縛りによりできない。なんだそりゃ。つまり、夫婦でファミリーシェアを実現するにはMNP前にソフトバンクでどちらかが名義変更をしておかなければいけなかったのだ。調べたところソフトバンクでの名義変更は手数料3,000円でできるらしいので、同じことを考えている人は注意されたい。もちろん他キャリアの場合でも手数料などは異なるだろうが事前の名義変更が必要なのは同じである。さてちなみに現状でなんとか夫婦でファミリーシェアプランにする方法はないのかというと実はある。つまりどちらかがとりあえずIIJmioから、他の名義変更できる格安SIM(じゃなくてもいいが)にMNPしてそこで名義変更した後またIIJmioMNPして戻ってくればいいのだ!なんじゃそりゃ。ちな一回のMNPで転出元、転出先でだいたい3,000円、税別合計6,000円かかるとして往復で税別12,000円、それに一時転出先での利用料なども調べてないが普通にかかってくるのであろう。合掌。で、結局我が家の場合どうするつもりかというと嫁はミニマムスタートプランにして通話料など込みでだいたい月2,000円前後。俺はいわゆる「ギガ」が10GBほど欲しいので「ひとりファミリーシェアプラン」で通話料込みでだいたい月5,000〜6,500円前後、ふたり合計で月7,000円〜9,000円なので当初予定していた「ふたりファミリーシェアプラン」と比較すると毎月1,000円〜2,000円ほど損しちゃう感じである。だったら一時MNPからの名義変更しても1年かそこらで元が取れるのでやってもいいのだが既にここまででだいぶライフ削られて改行も満足にできないほどなので回復してからあらためて考えたい。辛い。

記事広告のタイトルにPRって入れるなよ!絶対入れるなよ!

記事タイトルに「PR」って入れるかどうか問題について - ヨッピーのブログ
http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2017/06/06/224921

反省

ちょっと反省エントリーである。俺最初このヨッピー氏のブログ読んだとき、文字数云々については、たとえばはてブの広告のようにタイトル文字数を犠牲にせずにPRであることを明示できている例がたくさんあるし(こういうやつ→ http://imgur.com/a/d6mRO ま、あんまり目立たない姑息なのはどうかと思うが普通に認識できる例はたくさんある)、であれば、何も記事タイトルに入れるかどうかであらそわなくても、見せ方やデザインで解決するのでは?と思って、ブコメにもそのように書いた。http://b.hatena.ne.jp/entry/339666787/comment/neriu

しかし記事広告の場合、「タイトル自体」にPR表記がないと、はてブSNS等でシェアされた際に記事本文ページに行くまでそれが広告なのかどうかがわからない。まさにヨッピー氏の記事広告ではこのような問題が頻発するはずであり、記事広告を掲載したメディア側にその意図はなくとも結果としてユーザをがっかりさせてしまう可能性があるし、なによりユーザ様の大切なギガを減らしてしまう(いま人生ではじめて「ギガが減る」を使ってみた。意外と使い勝手が良い)。その一方で短期的なPVは稼げる。ユーザ様のギガとクライアント様のPVのトレードオフ問題である(違う)。

シェアされたとき?そんなもん知るか!

問題になっているのはこの「シェアされたときの見え方」まで記事元のメディアが配慮し先回りしてタイトルに「PR」を入れるべきなのかどうかということであろう(余談だが当該メディアの記事リストなど、導線ページに「PR」表記すべきなのは言うまでもない)。個人的には入れなくてもいいと感じるし、実際に入っていない記事広告もある。調べたわけではないが議論になる時点で、現状なんらかの法令に明確に反しているわけでもないのだろう。

メディアとしては「んだよ広告かよクソが」と思われてしまうリスクを避けたい気持ちがあり、一方で、はてブなどシェア先の媒体では長いタイトルがカットされてしまう場合もあるためヨッピー氏が「【PR】」の4文字の節約にこだわるのも理解できる。氏は代替案としてサムネール画像に「PR」と入れることを提案しているが、サムネが表示されないケースもあるし万能な方法ではなさそうである。

記事広告のタイトルに「PR」を入れない世界

じゃあもうタイトルに「【PR】」って入れよう、たった4文字だし、というのが無難な結論なのは承知の上で、せっかくなので記事広告のタイトルに「PR」を入れない世界を想像してみたい(まあ今が一部それか)。

タイトルに「PR」を入れないとユーザ様が御クリック、いや誤クリックする可能性が増える。短期的なPV増である。ステマ行為がないことがもちろん前提だが、もしそのとき記事内容が面白ければ「くっそwwwまあ今日のところは許しといたるわ」という気持ちにぶっちゃけなるものである。その意味で自信のあるライターが「タイトルにPRを入れるな」と主張をするのは非常に正しい。大切なPVも稼げるしライターとしての名も上がる。ヨッピー氏は極めて合理的な主張をしていたことになる。

では面白くない記事の場合はどうか?ユーザの怒りを買い大変なことになってしまうのか???答えはノーである。なぜなら面白くない記事はそもそもシェアされないからである。シェアされなければメディアの信頼やブランド力が落ちることもないし炎上もしない(もちろん広告としては失敗だがそれはPRって入れても同じ)。たまーに驚きのつまらなさを誇る記事広告が驚きのわかりやすさを誇るスパムブクマでホッテントリに挙がってくることがあるが、ああいう悪いことをしなければ大丈夫大丈夫。

もちろんこの論にはわかりやすい弱点がある。広告と知っていたら本来クリックしていなかったはずのユーザのPVをアテにしていて、ようするにちょっと黒い。黒さを面白さで許してもらおうという甘えがある。まあでもそんなPVはどのみちクライアント企業の認知やブランド力向上につながらないし、本文ページの上の方にちゃんと記事広告である旨明記してるなら私なら許せる黒さである。滞在時間や精読率などの指標もあわせて評価することで広告効果分析の精度もそれほど落ちないだろう。最大の問題はPVが増えることで当該メディアの実力が実態よりも底上げされてしまうことくらい・・・だが、ここはPV至上主義の問題をなんとかしようとするアプローチのほうが建設的であろう。

いろいろ書いたが私の主張はシンプルである。「面白い記事がシェアされやすく、面白くない記事はシェアされない、そしてどんな記事であれスパム/ステマではない」この3点が達成されていればギガが減るのは許す。

(追記)
ところでこの問題、ちゃんとルール化しないとタイトルにPRと入れるメディアと入れないメディアが混在するため端的に言って不公平。「お前も入れろよ!」「いえ私は遠慮しておきます」みたいな不毛な論争を生むのもアレなのでもう「タイトルにはPRって入れなくていいよ」といった文言をなんちゃらガイドライン等で明文化したほうがよい。あと誤解を避けるためもういちど繰り返すが、当該メディアが自サイトの記事リストなりの導線ページにPR表記はすべきという立場である(それは既にそういうルールがあると思うが)。あくまでシェアされたとき対策として「タイトルに」PR表記をするかどうかの話である。

日本の人口2100年に5000万人になっちゃう問題

日本の人口問題についての個人的メモ。

減る減るっていうけどどのくらい減るのか?

国立社会保障・人口問題研究所によると次の通り。2100年のデータは「参考推計結果」だそうだ。

上記はすべて死亡率については中位推計(男性平均年齢は84.19歳、同女性は90.93歳)。同研究所では死亡率についても高位、低位の推計を出しているが、出生率ほど人口に与える影響は大きくないようである。たとえば同じ出生中位で死亡高位と死亡低位の2100年人口は、それぞれ4861万人、5058万人で200万人の差しかない。若年死亡率が低い日本では死亡数で出産可能年齢人口が変わるわけではないのでこの結果はうなずける。日本における人口減少問題とは出生率低下問題と言い換えられそうである。

上記のデータをすばやく確認するには以下のページを参照のこと。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/youyaku.html
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh6.html

全体はこちらから
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh2401top.html

2100年9136万人のシナリオ

合計特殊出生率が2030年に人口置換水準(人口が減らない水準)である2.07まで回復し、以降キープしたと仮定した場合の人口推移を内閣府が試算している。この資料によると2060年に9894万人、2100年に9136万人である。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/0214/shiryou_04.pdf

上のPDFは内閣府「選択する未来」委員会のH26年第2回会議の配布資料である。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/0214/agenda.html

2.07ということは現状の頭でっかちの少子高齢化が改善した上での人口9000万人ということである。たしかに3000万人以上減るとはいえ、今の日本よりも過ごしやすい国になっていることだろう。ただし、たった15年で2.07は少々虫がよすぎるかもしれない(個人的には1.8あたりの推計が知りたい)。とはいえ世界には短期間で出生率を回復した国があり、今の日本の状況ごときで諦めるとか手遅れとかいう段階でないこともまた事実である。ネットの言説には悲観的すぎるものが多いとしばしば感じる。

出生率回復のモデルケース、スウェーデンとフランス

フランスでは1994年の出生率1.65が2010年に2.01に、スウェーデンでは1999年の1.5が2010年に1.98と急回復している。逆にドイツは日本と同じくらいの低出生率に悩まされている。アメリカの出生率が高いのはヒスパニック系のおかげとも言われているが(このグラフには載っていないが)白人の出生率も1.75くらいで低くはない。ただしここ数年漸減傾向のようである。
以下はGoogle パブリックデータのグラフへのリンク。
https://goo.gl/eTrknu
日本の最低記録が2005年の1.26だが、この水準から2.0近辺まで回復した例は皆無で、2015年は1.46と10年で0.2回復したとはいえ、もし1.8くらいまで回復したとすれば世界的にも注目される事例となる。少子高齢化は先進国や東アジア、東欧の新興国すべてが危機意識を持っている課題であり、世界が日本の行く末を見守っている。

その他

内閣府少子化社会対策白書
http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2013/25webhonpen/index.html
内閣府「選択する未来」委員会
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/index.html
上の「きみに質問BOOK」はわりとバズった模様。やはり見せ方って大事だなあ。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/kimini_book.pdf
ということでもうひとつ。「子供向け」とあるが大半の大人もまずこれを読むべきだと思う。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/sentaku/sanko2_0.html

5000万人じゃダメなのか?

以下はとくにデータやファクトにもとづいているわけではない感想文である。
そもそも論だが5000万人じゃダメなにか?人口は減っちゃダメなのかという話がある。
2100年で5000万人というと、それだけいればいいような気もしてくる。日本は、特に大都市圏は人口過密だし、少しくらい減ったほうが住環境が改善し、交通渋滞、通勤ラッシュが緩和されストレスも減るのではないか。待機児童問題も解消されるかもしれない。労働人口の減少はIT、AI、ロボットなど自動化テクノロジーにとって追い風となる可能性がある。それでも不足なら、日本には優秀な高齢者、高等教育を受けた女性がたくさんいるので、彼らを積極的に活用すればよい。世界には人口数千万人、数百万人でも豊かで幸福度の高い国がたくさんある。このような言説はネットには山ほど転がっている。

しかし減り続ける中での5000万人であり、わずか10年後の2110年には4286万人になるといえばダメさ加減が分かる。10年で市場が15%縮小するので普通に仕事してたら10年で給料が15%減らされるか、10年後に15%の人間がクビになるかである。「これからはグローバル!国内だけを相手に商売するのではなく世界に出ないといけない」とは勇ましいスローガンではなく切実な生き残り戦略だ。
このような市場環境では若者の起業意欲も刺激されないし、優秀であればあるほど、わざわざ苦しい日本ではなく海外でビジネスしようとするはずだ。人口は2100年までに60%減、そこから10年でさらに15%減だが、優秀な人間の減少スピードはそれをはるかに上回る可能性がある。
経済活動が鈍化すれば税収は減る。また少子化の中で高齢化なので頭でっかちの人口構成は変わらずということも相まって、社会保障制度が成り立たなくなる。年金支給額はさらに減り、医療費の自己負担は増える。子供を出産しても補助は出ず、子ども手当は削られ保育園は高くなり教員は減り義務教育の質は低下する。大学の学生も教員もレベルが下がり学費は上がる。現在でも社会問題化しはじめている空き家問題はスラム問題となり、治安が悪化する。取り締まる警察は数が足りない。このような状況は優秀な若者、裕福な家庭の国外退避の流れを助長する。

というわけで5000万人でもいいが「たった数十年で8000万人減少した上での5000万人」と「少子高齢化での5000万人」がダメということである。もっと長いスパンで徐々に減り続ける(たとえば出生率が長期的に1.8前後をキープ)のであれば各世代の負担も分散され、人口構成も今より若年層の厚みが出て改善するため、社会が人口減に緩やかに対応する余地が生まれる。壊滅的な状況にはならず、むしろ過ごしやすい日本になっているかもしれない。

月6万でフィリピン人住み込みメイド雇うことの妥当性について

これ(http://togetter.com/li/1053513)について。途上国出身の住み込みメイドを月6万で雇うのは搾取であるといった批判もなされているが、そうかなとも思う反面、そうでもないかなと思うところもあり少し考えてみる。なお欧米諸国やアジアの富裕層の間でメイドを雇う習慣がわりと定着しているのは聞くが実情を知らないのでその辺の比較はできない。

報酬と役務

前提として住み込みとのことなので食と住を別途提供された上での月6万ということに留意する必要がある。月6万+食住、これが報酬である。
次に負うべき役務だが、元ツイートからするとこんなところのようだ。

  • 拘束時間、朝6時半から夜8時半(住み込みなので通勤時間なし)
  • 子供の世話(年齢ははっきり書いてないが「子供できたら」とも書いているし「食後のぐぶぐぶ」が何のことかわからないがゲップさせることを指すなら乳児から?)
  • 掃除(床は日に3度掃除、絶え間なく片付けて家中すっきり)
  • 料理
  • 洗濯
  • 休日は不明(仮に月20日とおく)

時給にすると?

1日14時間*月20日なので、単純に金銭的報酬だけで考えると月6万÷(14h*20日)=時間当り214円である(乳幼児が居るので休憩はゼロと考える)。
次に非金銭的報酬である食と住も加味する。普通に一人暮らしをしたと考えると食費で1.5〜3万、住居費で5万〜8万、水道光熱費で1万、その他ハウスキーピング雑貨類でいくらか。ここではえいやーで合計10万相当の非金銭的報酬を得ているとしよう。
再度時給を計算する。6万+10万=16万。16万÷(14h*20日)=571円。

その他の要因としては、雇用主と同居するという気詰まり感はマイナスだが、いっぽうで安全面では女性の一人暮らし(と一人暮らし用の安い賃貸)とは比較にならないほど安心できる。数値化が難しいが「ルームシェアで分譲マンション賃貸物件に住む」と考えると家賃12〜16万をシェアして半額といったところか。まあ上の想定の範囲に収まりそうである。

日本の家事代行サービスと比較すると?

こちらのキッズベビーシッター&家事代行業者(http://docomo-anshinpartner.jp/housework/kids_babysitter/#select02)によると「1回あたり3時間/月4回利用した場合」32,457円で時間当り2,705円である(このうち実際にきてくれる人が手にする金額はこの半分かせいぜい1,500円くらいだろうか?)。

その他、考慮すべき点

ツイッターはてブで散見された意見がこのメイド氏と氏の家族の幸せは?という指摘である。たしかに上の条件だと氏が自らの家庭を持ち子供を産み育てる余地は皆無。これに対しては「若い女性が結婚する前の一時期にやる仕事としてなら問題ない」「子育ても終わり夫とも別れた(先立たれた)女性の自立手段としてなら有り」という反論もありうるが、実際問題として出稼ぎにくるのがそのような独身女性ばかりかというとそんなことはなく、母国に子供を置いて来た母親が相当数いるようである(むしろこのパターンが大半?よくわからない)。
また仮に独身の若い女性だとしても、彼女が結婚前にすべきことはまず勉強ないし職業訓練であり、卒業したらそれを活かした仕事に就くことである。平日14時間拘束されては学校にも通えないし、別の仕事のための訓練も受けられない。
彼女らは先進国では当たり前とされる幸せを放棄して出稼ぎに来ている。なぜかというとそうしないと自分と家族が生活できないからである。

で、月6万は妥当なのか?

食住を加味しても時給570円〜、多く見積もっても600円は日本では不当に安い報酬と言わざるをえない。ちなみに時給1,000円相当を払おうとすると、月6万の金銭的報酬を月18万にしなくてはならず((10万+18万)÷(14h*20日)=時給1000円)、プチ富裕層レベルでは手が出ない金額となる。それでも職責と拘束時間と(おそらくは)社会保障外という事情まで加味すると被用者側から見るとまるで見合わない可能性が高く、結局のところ途上国の安い労働力に甘えているに過ぎない。
雇用主はおそらくまずその自覚を持つことが肝要で、「途上国の人々に仕事と恵まれた食と住居と安全を提供し、自分たちは家事育児と仕事が両立できてWin-Win」などという認識を持っているとしたら、少々自分に都合がよすぎる解釈であろう。
被用者は立場上あるいは本心から雇用者に感謝の意を表したりもするのだろうが、それで「ちょっといいことしてあげてる感」を得て無邪気に気持ち良くなってよいものか?被用者やその家族の自立支援、自己実現支援まで踏み込みでもしない限りは、依然として借りがある状況なのは確かである。

自分ならこの仕事をやるか?

自分が教育を受けておらず、身元もはっきりせず、頼れる身内が居ない立場なら、次の条件が通るならやる(時給は変えないとして)。

  • 1日3回も床掃除しない(笑)。
  • 私が病気、ケガしたら医療費を払うこと。契約前に私に健康診断を受けさせること(自らが健康保険使えない立場の場合)。
  • 二人で住み込んで1日交代あるいは、半日交代でやる。食住提供なら半額の3万でも構わない(金よりも自己投資の時間が欲しい)。
  • 子供や住居になにかあっても一切責任は負わない(負えるような報酬ではないし、そのための専門訓練も受けていない)。
  • 監視カメラを複数設置して私の行動を記録すること(正直嫌だが何かあったときに自分の身を守るためには必要)。

しかし教育を受けておらず、身元もはっきりせず、頼れる身内が居ない状況の自分がこんな条件を出せるか(思いつくか)というと絶対に無理。結局日銭は稼げるかもしれないがそれで終わりだし、何かあって責を負うリスクは丸抱えである。この条件書いてて思ったが結局これは「俺ならやらない」と言ってるのと同じである。

まとめ

「日本でももっとメイド/ナニー/家政婦を活用しよう!」という言説は、日本で女性の社会進出が遅れている事実とあわせて語られることが多い。しかし上記を踏まえると「途上国メイドの活用」とは、日本社会が日本人女性から搾取していたなにがしかを、途上国女性に肩代わりさせることに他ならない。欧米諸国や香港、シンガポールの「女性の社会進出」がメイドを活用することで成り立っているのであれば、それは合理的ではあるが善ではないし、少なくとも「日本は遅れてますよ」と偉そうに言うほどのものではなさそうだ(冒頭で比較できないと書いたとおりこの辺は自信がない)。

昨今さかんに議論されている外国人家政婦の受け入れに関する法整備が進み、フィリピンなどから大量に外国人家政婦が正規の手続きで入ってくれば、日本の少子化は間違いなく改善すると思われる。これが単なる途上国搾取にならないよう、政府は彼女らの基本的人権を確保し社会保障と待遇条件を定め、搾取の穴を税金で埋めるべく手当を講じる必要がある。雇用環境がよければ早期に家族の待つ母国に帰ることもできるし、あるいは本人なり子息なりが日本で高等教育を受け日本社会に還元する道も拓けよう。

大学生の小論文みたいな締めになってしまったが、まずは問題を考えていくとっかかりとして今後も継続的にウォッチしていきたい。

Amazon KindleのiPhoneアプリでイケてないと思う点

みんな大嫌いなアマゾンKindleiPhoneアプリだが、俺が特に改善して欲しいのが一冊読み終わってライブラリに戻るときの操作。現状こんな感じである。

  1. 最終ページに到達。まあいまはこれが最終ページと分かってるがはじめて読む本は分からないので「次ページ」を見る動作(フリックなり左側タップするなり)をする。



  2. した。レビュー画面が表示される。ここでああ最終ページに到達したのかと気がつく次第。期待した動きではないがまあいい。電子書籍アプリにはよくあること。いいよいいよ、この画面の上のほうにあるであろう「ライブラリに戻る」ボタンを押してライブラリに戻りますんで大丈夫です。



  3. ライブラリに戻るボタン探す。えっとこれかな?右上の「×」ボタン押す。



  4. ライブラリに戻らない。



  5. ここであわててまた次ページ表示するような操作をしてしまうとまたまたレビュー画面が出てしまうので注意が必要(なんどもやった)。戸惑いつつとりあえず真ん中辺をタップ。UIが出る。



  6. いわゆる「ハンバーガー」メニューボタンをタップ。



  7. ライブラリをタップ。



  8. 戻れた。



とこのように最終ページに到達してからライブラリに戻るまで5回の操作を要する。しかもなんつーかすべて直感に反するというか期待と異なる動きをしてくるのでストレスのたまる5回の操作である。

実は1の次ページを見る動作をフリックではなくタップにすることで7の操作がいらなくなるので操作は4回に減らせるのだがそんなバッドノウハウ要らないのである。それよりもなぜライブラリに戻るという超絶日常的操作をするのに4回も5回もタップさせるのか?上にも書いたようにレビュー画面に、ダイレクトにライブラリへ戻れるボタンを配置すればよいだけの話である。これではまるで、スターの確認をするのに「変な右下のアイコンタップ」「変なユーザアイコンタップ」「変なベルマークアイコンタップ」という苦行を3回も行わせるはてなブックマークアプリといい勝負ではないか。

というわけでアマゾンはここのところのUI改善と納税を急いで欲しいと思う今日このごろである。