iPadなどの「タブレット端末で雑誌を読む」という世界を、垣間見ることができる動画。とそれについての一考察。

紙に代わる次世代のコンテンツプラットフォーム(あるいはアプリケーションプラットフォーム)の覇者が何になるのかこれまでにもこんな記事あんな記事でウォッチしてきたけど、雑誌に関してはWired誌が、ひとつの可能性を示した。

タブレット対応ワイアード」を編集長が紹介(動画)
http://wiredvision.jp/news/201002/2010021722.html

Wired Readerは、『Adobe AIR』のアプリとしてスタートするが、主なタブレットやモバイル・プラットフォームに簡単に変換できるツールをAdobe社は作成している。Adobe社は今週バルセロナで、AIRが『Android』端末で実行可能になったと発表したうえ、『Flash』で作成したアプリ(AIRを含む)を、米Apple社のモバイル・プラットフォームで利用できるようにする『Packager for iPhone』ツールも発表済みだ。さらに、AIRは『Mac』『Windows』『Linux』の各OSで、既にネイティブで実行できる。

以下、気になる点をだらだらと書いてみる。

クロスプラットフォーム

AIRが動作する端末(Android)はもちろん、iPadのように現状対応予定がない端末でも、Adobeの提供するツールにより利用可能になるということだ。iPad(iPhone)、AndroidWindows Phone、その他現状のモバイルプラットフォームは、相互互換性がない(一部各国キャリア主導(?)による統一プラットフォームの構想はあるみたいだけど)。しかしAdobeFlashおよびAIRならば、クロスプラットフォームの展開が可能で、唯一のネックとなっていたAppleの非協力的な(というより敵対的な)対応についても、Adobe側が変換ツール的なパッケージを提供することで半ば強引に解決を目指しているようだ。変換ツールの利便性や精度、アウトプットされたリーダーが軽快に安定して動作するか非常に気になります。

印刷版と同じデザイナーで制作

見過ごせないのが、このプロトタイプが、印刷版と同じデザイナーが同じソフトウェア(InDesign)を使用して作られているという点。これが本当だとすると、出版社にとっては既存のワークフローを極力維持して電子版を発行することが可能になると思われる。もちろん、実際の作業となると、縦向き横向きそれぞれに最適化したり、文字サイズをタブレットに適したサイズに変更したり(液晶は印刷物より解像度が低いので文字サイズを大きくする必要がある。もしくはユーザに都度ダブルタップ等で拡大させるか)、必要な箇所にはハイパーリンクをはったり、動画を用意して埋め込んだり、考えただけでもうんざりするような作業が発生しそうなので、対応できる出版社は限られるかもしれない。
ただしそういった「タブレットならでは」の対応をとらず、単純に印刷版を電子化することも可能だと思われるので、後述の問題がクリアされマス媒体としての地位を築ければ、いろいろな出版社がAIR版の雑誌を発行するようになるかも。

課金

いちいち雑誌ごとに課金手続きが異なるのは不便極まりないので、やはり統一された課金プラットフォームは必要と思われる。今回のWired誌については、iPad版ならAppStore(もしくはiBookstore)、Android Market等の各プラットフォームごとの課金システムを利用するのだろうか?AndroidのようにAIRが動く端末ならばプラットフォーム謹製のマーケットを利用しなくても理屈上は出版可能と思われるが、課金システムを自前で用意せずに全世界に向けて出版できることを考えれば、その上で展開する方が出版社にとってもユーザにとってもよさそうだ。
するとここでも、各マーケットごとのアプリフォーマットに合わせて雑誌をアウトプットするツールの有無や利便性が問われる。
他の可能性としては、Adobeが雑誌向け、電子書籍向けのマーケットプレイスを用意することだが、いつかも書いたがAdobeはその辺あまり積極的には見えない。

検索サイトやポータルサイトからの流入トラフィックをどう考えるか

既存のWeb版(HTML版)について。出版社にとっての大きなメリットは検索エンジンからのトラフィックを見込むことができ、それが広告収入に結びつくという点だが、タブレット版ではこのメリットはGoogleAppleの対応待ちといったところか。対応もなにも、GoogleAppleも他に考えていることがあれば(あるだろう)、そもそも対応すらしてもらえない。検索トラフィックがない覚悟で取り組むと同時に、ポータルやSNSと提携して露出を確保する等の対策は必須となりそう。

どのような雑誌がタブレット版を発行すべきか

現状のWeb版のアクセスを検索サイトやポータルサイトからのトラフィックに依存しきっているような雑誌は難しいかもしれない。
Wiredがどうかは知らないがブランド力はある雑誌だと思うので、検索トラフィックに頼らずともやっていけるのかもしれないし、そうならばタブレット版ならではのデザイン性や閲覧利便性が大きな強みとしてそのまま残る。一部の経済誌、ファッション誌、漫画雑誌、部数は少ないが確実な読者のいる業界専門誌なども、タブレット版を発行するメリットが大きそうだ。ゴシップ誌や写真週刊誌はどうだろう?ああいうのを買うのは、コンビニでちらっと見出しが目に止まり、少し立ち読みし興味が持続すればレジへ持っていくとかそんなケースであることを考えると、「タブレットで雑誌を読む」スタイルがよほど定着し、コンビニに一日一回立ち寄るようにタブレット雑誌ストアへ毎日立ち寄るような生活が一般的なものにならないと、難しそうだ。あとは「立ち読みOK」とう一種の合理的な商習慣を、タブレットストアへどう反映していくか・・・とか。

そもそも「雑誌のタブレット版」という概念自体が電子化移行の過渡的な対応じゃないのか?

新聞、雑誌が日刊だったり週刊だったり月刊だったりするのが、印刷物を刷って流通にのせるという印刷メディアの特性からくるものだとしたら、中長期的には、出版社が発行したときに、発行したい分だけ、自由に発行するようなスタイルも考えられる。今回のWiredのプロトタイプのようなスタイルも、印刷版を発行しつづけるのと同時にタブレット版も発行したいというような過渡期特有のものなのかもしれない。でもあんまり自由な発行間隔やボリュームだと作り手側のワークフローが混乱しそうだから、やっぱり定期刊行というスタイルは維持されるのかな?この辺現場を知らないのでなんとも言えない。

記事のクリッピング、後日の検索、メモ書き、付箋、他ソフトとの連携とか

これらが出来ればタブレット版雑誌は成功するんじゃないかと思える。
実はFlashベースの電子カタログリーダーみたいなものは世の中に既にわんさかあり(電子カタログでググるとたくさん出てきます)、紙のパンフやカタログをそのままWebでも見られるということで、企業サイトで導入されているのをときどき見かける。それらの多くはブックマーク、検索、メモ、付箋機能を備えるし、拡大縮小ももちろん出来る。その仕組みでもう明日にでもFlash版雑誌などは出来そうだ。複数カタログ横断での検索や任意の箇所を選択してコピペ、共有・・・なども現状どうか知らないが技術的には可能だろう。
じゃあなんで今までこれを使った雑誌購読が一般化しなかったかというと、プラットフォームとして発行者とユーザ双方にとって利用しやすい状態になっていなかったということ。先にあげたトラフィックの問題。それにPCでしか見られなかったこと(印刷物の雑誌を読むのに机に向かう人はあまりいないだろう)。そんなとこじゃないか。
トラフィックの問題を除けば、タブレットではこれらの問題を解決可能だし、トラフィックについても、これだけ世の中が電子出版の方へ向いていれば、時流には乗れると思う。
私自身の使い方を想像してみると、上に書いた検索やらメモ書きができて(とくにフリーハンドで殴り書きとかしたい)、MaciPhoneiPadのSpotlight検索に対応してくれて、EvernoteやMail.appにもクリップや任意のページへのリンクを貼り付けるような使い方をしたい。※そう考えるとAIR版だとここらの機能は望み薄か。いやでもPDFを媒介とすれば難なくできるはず。

クリエイターから見ると?結局AdobeFlashAIR)なのか、iPhoneなのか、Androidなのか、HTML5なのか

同じテーマで毎回毎回、自問自答している気がするが。。。笑 Adobe発のテクノロジーをキャッチアップしておけば、クロスプラットフォームな活動ができる可能性が高い。iPhoneiPadが市場を制した場合のリスクについては、Adobeのオーサリングツール(変換ツール)の出来次第。CS5は注目ですね。
iPhoneiPad)、Androidなどのプロプライエタリなアプリケーションは、おそらくユーザから見た利便性は最も高いと思われるので、それぞれのマーケットシェアを睨みつつ対応していく必要がありそうだ。
HTML5は、まあ基本なのでやっておくべし・・・ってところでしょうか。HTMLは手打ちでがしがしやるのが好きなんですが、HTML5がこれまでFlashが担当していた領域へ近づいていくならば、それなりのオーサリングツールは必須となるでしょう。

以上、Wiredの話、雑誌の電子化全般の話、プラットフォーム戦争の話をごちゃまぜにしつつ、だらだらと書いてみました。